ポストカードは飾るものなのかもしれないと気づいた日

My life
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先日2023年1月15日まで千葉県立美術館で開催されていた漫画家でもありイラストレーターでもある江口寿史さんの「彼女展」に行く機会に恵まれました。

江口寿史さんご自身が千葉県立柏高校(いわゆるケンカシ)出身で連載の一時期に流山にも住んでいたこと、また千葉県流山市を本拠地とする野球ギャグ漫画すすめ‼パイレーツを描いていたこともあって、こと流山には所縁のある方のように感じられます。

またいわゆる「ぶりっ子」の言葉の起源を作られたり、現代のポップカルチャーの一側面「かわいい」の一つの潮流をその画力で作り上げたたりとその功績は、生きる伝説の一人と言っても過言ではないでしょう。

展覧会は、自分が女性に生まれなかった悔しさが絵を描く原動力になったと語られているように、江口さんの描く女性はどれも「かわいい女の子」でありたかった願望が含まれているように感じられます。男性が女性をかわいいかどうかで判断するという俗な評価軸を超えたところにある「自分だったらこういう女性でありたかった。」という視点に辿り着いた美の境地のようなものが垣間見えました。

お土産にポストカードを買ったんですよ。出す相手いないのに。

4時間近くの時間を掛けてたっぷりと心ゆくまでこの彼女展を堪能した後、展覧会の興奮冷めやらぬままお土産売り場でたまたま手に取ったものの中に、展示のイラストを基にしたポストカードがありました。

「ポストカードってどこにも売ってるよなあ。いいなあポストカード出す相手がいるオタクはオタク友達がいるってことじゃないか。オタ活はオタ友がいるとなお楽しいもんなあ、彼らはきっと今でもお手紙やり取りしてるんだろうから、文通ニーズもきっと底堅いのだろうなぁ。」とふわふわと色々と仮想オタクの推し活のポストカードやり取りの楽しさを空想します。

「私にゃ大して友達もいないんだからポストカードなんて出す相手なんていないぞ。いよいよ自分宛に出すしかないじゃないか。」という自問自答をしながらもポストカードの図柄の美しさは目を見張るものがあったのは、展覧会の美しさの通り。

何枚か手に取り自分宛に絵葉書出すのも乙よね。はははと笑った矢先、はっとして気づいたんですよね。

「あっ、これ自分で飾る用?もしかして!!」

そして雷に打たれたような「I got it‼」が雷鳴程の時間差でやってきたんですよ。

「ポストカードそもそも自分で自分宛に出さなくても最初から飾ればいいんじゃない?」という遠回りを音速でしながら、「あぁそうなんだ。そうなんだー。」をマスクの下で声を出さずに口だけ動かして。

「そっかーだからみんなポストカード買うんだっ。」ていうのがわかった一日になりました。
そりゃ底堅いニーズがあるわけですわ。

絵柄に合いそうな額を近所のセリアで買いに行ったらちゃんと「ポストカード」用で売ってるものだから、「知らなかったの自分だけかい」と思ったのはご愛敬でしょうか。いわゆる額装をしてみたんですけどこれいいですね。映えるというかちょっとした一手間でめっちゃ飾るのが楽しくなりました。
そしてもしかしてのもしかしてポストカードに自分で飾る用途を知らないどなたかに届くことを願って本日の備忘録を残しておくとしましょう。

「それはまるでボトルメールのように」
流山すみずみ

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