ぼくらの椅子取りゲーム

ぼくらの椅子取りゲーム

2019年6月29日(土)雨

先週末くらいから夏のセール時期に入り、近隣のショッピングモールではそれぞれ趣向をこらしたセールが始まった。

私の住んでいる流山市から身近な所では、市内の流山おおたかの森SCやつくばエクスプレスの隣駅柏の葉キャンパスにはららぽーと柏の葉があるし、もう少し足を伸ばせば越谷レイクタウンやアリオ柏、柏駅前の老舗高島屋やステーションモールも近くにある。こうして挙げてみると近辺の商業施設の充実ぶりはなかなかのものだし、実際セール時期はこれらのショッピングセンターは結構な人の賑わいを見せている。

スペシャルなデイズ

「ああ、この調子なら周辺のショッピングセンターがサバゲーの舞台になることもないだろう」と、その賑わいに安堵するような感覚を覚えるようになったのはいつからだったか。
柏そごうや松戸伊勢丹の行く末を見届けてしまった今、人の賑わいのプラスの意味がよくわかるようになってしまった。

在りし日の柏そごう

流行らなければあっという間に店子が店をたたむことには随分と慣れていたのに、大家が飛ぶというのはどこか遠い地方のどうしようもない田舎の話だと鷹をくくっていたことが覆されたわけだから、なるほどこれが過当競争、人口減社会かと実感したものだ。

この緩やかな衰退の薫りは、大山台のショッピングセンターには仄かに立ち込めているし、中小規模のショッピングセンターの時勢のリアルは今眼前の光景になった。どこか遠いところの話だったはずのものを肌で感じるようになると、人の賑わいが何か希少なももの見えて人類の進歩やら調和やら繁栄やらを見出したいのだろう。

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この週末は梅雨らしいぐずついた空模様だったこともあって、用も無いのにふらふらと屋根のあるららぽーと柏の葉に吸い寄せられていた。雨の日にあてもなくショッピングセンターに行ってなんとも無しに時間を過ごすこと。この過ごし方は随分と市民権を得た過ごし方となった。何ならコーヒー屋でコーヒーを一杯頼んで一息つこうものなら、立派なデートが成立するくらいに。

とはいえ家族連れでは泡の多い飲み物では腹の足しにはならならないし、あてのなさにも一定の目的地がいるものだから、昼時のフードコートで何か食べようということになる。

人類繁栄の末席

フードコートに足を運ぶと、そこはセール時期の雨の日といこともあって人で溢れかえっていた。そうこの光景こそ、まさに人類の繁栄そのものだ。

フードコートエリアの一帯は飽和しながら、様々な人たちが各々のランチを取っている。さながらテーブルの一つひとつは間借りされた救命艇のようでもあって、この救命艇を手に入れ、店に並び食べ物にありつくまでの流れに狩猟、農耕から連綿と続く食の文化に「席確保」文化が加えられる日も近いなと思い付いて「やっぱないわー」と鼻で笑ってしまう。

ひとときの目的地には、当然席が空いていることはない。「行くべきかあきらめるべきか」を意識しながらも全体を俯瞰し、空きそうなテーブルを見つけて「ここ、もうすぐ席空きますか?」の一言を発する。この席を確保するまでのフードコートのお作法も随分と板についたもので一瞬感じるバツの悪さすらマナーの上ではなかったことになるのは、ありがたいことなのかもしれない。

昼食のひととき、確保した席でフードコートの大正義こと長崎ちゃんぽん麺2倍をすすりながらこの場を行き交う人を眺めていると、席の受け渡しが椅子取りゲームのようにも思えてくる。ベビーカー連れの若い夫婦が席を求めて彷徨う表情も、たまたま空いた席にタイミングよく通りがかったラッキーボーイの満面の笑みも悲喜こもごものすべてがここにはある。そして勝ち負けがこの場のお作法でまとめられている。

金がいくらかある人は値が張っても確実に座れる別の店に行くし、知恵がある人は時間をずらすのだろう。けれども自分みたいなあてのない人は、このお作法に従いながら人類の繁栄の末席に一喜一憂しながらしがみつこうとしているのだということにふと気付く。

さてどうしたものか。

「椅子とテーブルがみんなの分あるのがいい」という願いは、果たしてこのゲームをつまらなくするだろうか。フードコートの末席に限らず今まさにプレイヤーが緩やかにそして確かに減り始めている中にあっても、椅子の数はどうやら人数分用意されていないことがわかって久しい。最後の一人まで椅子取りゲームを続ける気がある人は勝つ自信のある人だけだろうから、勝ち筋にいない自分はどうしたら良いかということを真剣に考える時期が来ている。

お行儀があまり良くない上に、椅子取りで勝ち続ける自信もないとなれば、やっぱり不格好でも自分のお気に入りの椅子作るしかないかしらね。人類の繁栄からは遠いかもしれないけれど自分の満足に近いというのは揺るがない価値観の元になる。それは気分良く生存をキメるための趣向としては、多分悪くない。そんな気がした日だった。

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