傘を広げた子の彫像のある広場で高校生とおぼしき制服姿の男の子と女の子が話している。
「俺さ、こうもり傘で空を飛んだことがあるんだよね。」
ねずみ色のブレザーとチェックのパンツを履き男子高校生が突拍子もなく言うと、肩紐を長く落としたバックパックを背負いヘアピンを上手に止めて額を見せる快活な女の子が、微笑みながらあいづちを打つ。
「ほんと?あれさ気持ちがいいんだよね。実はここだけの話、わたしも空を飛んだことがあるんだ。」
「おお、まじかー。俺だけじゃないんだ。あれはマジで一回体験しといたほうがいいよね。」
自分の話をちゃんと聞いてくれることに安堵したのか、二人の距離は心なしか狭まる。
ねずみボーイは自分の話を信じそして面白がってくれるかどうかを今後の付き合いのとても重要なチェックポイントに捉えていたようで、同好の士を見つけた喜びで堰を切ったように互いに空を飛んだ話に花を咲かせる。助走は15歩で踏み足は右足だということ。
ジャンプのタイミングに合わせて傘を開けば、スピードは推力へと変わりふわりと浮くらしいこと。
その間は5秒ほどで10m近くの高さへと及び木々の枝にたやすく触れることができること。
枝に触れようとして傘を引っかけてしまい今は傘がないこと。そんな突拍子な話にうんうんと相槌を打ちながら、ヘアピンガールは、はっとして言う。
「あれ、もしかして傘を引っかけちゃった人って君だったの?私、傘が枝に引っかかてるのをみて、取ってあげようとしてバケツで飛んだらさ、私の黄色いバケツも枝に引っかけちゃって尻餅ついたんだよね。」
「俺、何度か傘を取りにいこうとしたけど新しい傘じゃうまく飛べなくてさ、2,3日後に見に行ったら黄色いバケツがあったから、もしかしたら誰か俺みたいな人がいるのかなって思ってんだ。あれはキミのものだったんだ。」
「そうだよ、打ったとこ見る?まだ青いんだよ。」
「見たくないと言えば嘘になるけど、思春期の男子としては、何だか野性に負けた気分になっちゃうから、見たいとは言えないんだよね。この気持ちわかるかな?」
その先の二人の距離が縮まったかどうは知る由もないが、にわかには信じがたい二人の話の空飛ぶこうもり傘と黄色いバケツは、この場から程近い公園にその証が残っているらしい。
流山すみずみ「ねずみボーイ、ヘアピンガールは空を飛ぶ」
そんな話があったらいいなと1年程前、実際に十太夫近隣公園の林の木の高い枝に引っ掛かっていたたこうもり傘と黄色いバケツを見上げていました。
今はそのどちらも無いところを見ると、どこかの誰かがふわっと浮いては取り去ったのかもしれません。
そんな現実にはありそうでなさそうなでもあったらきっと面白いマジックリアリズムみたいジュブナイル、良いですよね。
私の好物でもあり、得意とするストーリーでもあります。