金曜日の午後から微かに香り、土曜の夜にピークを迎えたた週末の匂いがアフターノートになりはじめる日曜夕方、テレビから流れる愛すべきマンネリのメロディが週末の終わりの鐘を鳴らす頃、下の娘がバツの悪そうな顔をして声を掛けてくる。
「実は大事なプリントを渡すのを忘れちゃってました。」
日曜、夕方の静けさと穏やかさを切り裂く「プリント」と「忘れちゃって」のツーワードに夕ご飯の支度を進める妻の顔色がにわかに変わる。
「まあ、まずはプリント見せてごらんよ。」と口に出した一瞬のうちに、これからプリントに書かれたもののおつかいコース→妻料理中→行くのは私のワンサイクルが脳裏を巡る。まだ飲み始めていなかったのは家庭円満上、正解でしたとも。そうですとも。と小さく頷き私はおつかいの覚悟を決める。
「えーなにー?もー」とキッチンからは妻の声。
「ここに名まえを書いてください」と少しくしゃくしゃになったプリントをダイニングテーブルに広げて見せる娘。プリントの下半分を指さしている。
「名前?ちょっとまって。私もプリント見るから。」
語気に若干の柔らかさが戻った妻がエプロン姿でダイニングにやってくる。
「名前書いてだってさ。」と伝える私。
買い物の線が消えたから声の調子もいつも通りに戻ったところで、テーブルでプリントのしわを伸ばしながらその内容を読む。一瞬の静けさはクイズの正解を発表する司会者みたいな気分だ。
「文集かつしか入選の連絡と収録の承諾についてだって。」
「なんだよー」
リビングに安堵の声が響く。私の頭の中には缶ビールの開くプシュッが響く。「これで飲める。」と妻に少しだけシワを伸ばしたプリントを手渡す。
「おお、入選とはやるじゃん!てかプリントくしゃくしゃだし、出すの遅っ!」
「あーでもまずはおめでとうだね。そんで今回は何が選ばれたの?」
プリントに目を通しながら矢継ぎ早に出てくる妻の言葉には驚きと喜びとお叱りと照れ隠しとお祝いがこもっている。
「はいくだよ」
「俳句かー」
「何か詠んでたっけ?あれかな?
うちのパパ、
うざいしくさい
めんどくさい?」
二人がゲラゲラ笑う。
「それは俺に失礼すぎない?俳句なのに季語ないし。さすがの文集かつしかでもそこまで父ちゃんディスれないでしょ。」一応抵抗してみたけど、即興の句の存外の良さに釣られて私も笑う。
「いやさーいっつも走り廻って汗臭い格好で帰ってくる人が一人いますよねー。」
「いるいるっ!」
「ああ多分それ、おれっすね。」
これは全国のランナーに喧嘩売ったなと思いつつも自覚もある。分の悪さも感じてダイニングの席を立ち、集中砲火から隠れるようにリビングのソファに深く腰掛ける。テレビは大喜利を映しているけどこっちの大喜利もなかなかですよ。ほんと。座布団どころ居場所取られますから。
ダイニングからは「プリント関係はホント、金曜日に出してね」「はーい」のやり取りが聞こえる。ほとぼりが冷めたところでようやく選ばれた句のことを教えてもらう。
なんだ。収録される句にくさい人は居なかったんだとホッとする。
しばらくしてテレビの中の愛すべきゆかいな家族の日曜夕方のてんやわんやを見ていると「ただいまー」と元気な声とともに上の子が習い事から帰ってきた。
階段をドタドタと昇っては降りてを何回か繰り返してようやくダイニングにやってくるとなんだか見覚えのあるバツの悪い顔をしている。
「あのさー明日の学校の準備をしてたらさー 実は大切なプリントを渡すのを忘れちゃってて!」
「名前書いて欲しいのっ ‼ごめん!」
「プリント」と「忘れちゃって」のツーワードに私と妻の顔がにわかに変わり、爆笑する。
その姿を見てみんなが笑う。そういばえさっきお日様も笑ってた。
今は日曜日の夕方。週末の香りはまだほのかに残ってる。